この記事は、クリフォード代数を用いたSpin群 $Spin(n)$ の構成について解説する連続記事の第三回目の記事です。
- クリフォード代数の性質、ノルム、内積など
- $SO(n)$ のアナロジーとしてのSpin群の構成
- $Spin(n)$ が $SO(n)$ の二重被覆であることの証明 ← この記事
- [予定] クリフォード代数を用いるメリット、デメリット
前回の記事では、クリフォード代数 $C\ell_n$ の可逆元 $x \in C\ell_n^{\times}$ に対して線型写像
$$\rho(x): C\ell_n \ni y \mapsto \alpha(x) y x^{-1} \in C\ell_n$$
を定義し、$\rho(x)$ を $\mathbb{R}^n \simeq C\ell_n^1 \subset C\ell_n$ に制限したときに、$\rho(x)$ が $GL_n(\mathbb{R}^n)$ の元になる $x$ 全体の集合を $\Gamma_n$ とおきました。$\Gamma_n$ は $C\ell_n$ の積に関する部分群となり、これをクリフォード群と呼びました。そして $x \in \Gamma_n$ で、クリフォード代数としてのノルム $N(x)$ が $1$ (クリフォード代数の積に関してノルムを保つことと同値)、$\rho(x)$ が向きを保つもの全体を $Spin(n)$ と定めました。
$Spin(n)$ の定義から
$$\rho: Spin(n) \to SO(n)$$
が与えられていますが、この記事ではこれが二重被覆写像であることを示します。$Spin(n)$ には $C\ell_n$ のノルムから定まる自然な位相が入っているとします。
示すべきことは
- $Spin(n)$ が位相群であること
- $\rho|_{Spin(n)}: Spin(n) \to SO(n)$ が連続であること
- $\rho|_{Spin(n)}$ の核が $\{\pm 1\}$ であること
- $\rho|_{Spin(n)}$ が全射であること
- $\rho|_{Spin(n)}$ が被覆写像であること
の 5 つです。前半の 3 つはほぼ明らかです。
目次
$Spin(n)$ が位相群であること
$C\ell_n$ にノルム $\sqrt{N(x)}$ から定まる位相を定め (これは $C\ell_n \simeq \mathbb{R}^{2^n}$ の通常の位相と一致する)、$Spin(n)$ にその部分空間としての位相を定めます。群の演算が連続であることは、$xy$, $x^{-1}$ を具体的に表せば明らかです。
$\rho|_{Spin(n)}: Spin(n) \to SO(n)$ が連続であること
$\rho(x)$ を具体的に表せば明らかです。
$\rho|_{Spin(n)}$ の核が $\{\pm 1\}$ であること
これは $\rho: \Gamma_n \to O(n)$ の核が $\mathbb{R}^{\times}$ であること、$c \in \mathbb{R}^{\times}$ に対して $N(c) = 1$ を満たすのが $\{\pm 1\}$ のみであることからわかります。$\rho(1) = \rho(-1) = \mathrm{id}$ なので、$\pm 1 \in Spin(n)$ です。
$\rho|_{Spin(n)}$ が全射であること
これは自明ではありません。これが成り立つことは、$w \in \mathbb{R}^n \setminus \{0\}$ に対して $\rho(w)$ が $w$ を法線とする鏡映写像であることによります。
鏡映写像
例えば $w = e_i$, $v = e_i$ のときは
\begin{align} &\rho(e_i)e_i = \alpha(e_i) e_i e_i^{-1}\\ = \ & -e_i e_i (-e_i) = -e_i \end{align}
$w = e_i$, $v = e_j$ $(i \neq j)$ のときは
\begin{align}& \rho(e_i) e_j = \alpha(e_i) e_j e_i^{-1} \\ = \ & -e_i e_j (-e_i) = e_j\end{align}
となります。よって $\rho(e_i)$ は $e_i$ を法線とする超平面 $x_i = 0$ に関する鏡映となります。
一般に $w = \sum_{i=1}^n w_i e_i$, $v = \sum_{i=1}^n v_i e_i$ とおいて、$\rho(w)$ が $w$ を法線とする超平面の鏡映であることを示します。$c \in \mathbb{R}^{\times}$ に対して $\rho(cw) = \rho(w)$ なので、$||w|| = 1$ として問題ありません。このとき $w^{-1} = \overline{w} = -w$ が成り立ちます。$v$ は $w$ に直行する成分と $w$ に平行な成分に分けられるので、それぞれの場合に示せば十分です。
$v = c w$ のとき、
\begin{align}\rho(w) v &= \alpha(w) cw \overline{w} = -c w N(w) \\ &= -c w = -v\end{align}
となります。
$v \perp w$ のとき、$\sum_{i=1}^n v_i w_i = 0$ から
\begin{align} w v &= \sum_{i,j} v_i w_j e_i e_j = \sum_{i \neq j} v_i w_j e_i e_j \\ &= -\sum_{i \neq j} v_i w_j e_j e_i = -v w \\ \end{align}
なので
\begin{align}\rho(w) v &= -w v \overline{w} = v w \overline{w} \\ &= v N(w) = v\end{align}
となります。以上から、$\rho(w)$ は $w$ を法線とする超平面の鏡映です。
鏡映が $O(n)$ を生成すること
任意の $g \in O(n)$ は、たかだか $n$ 個の鏡映で表されることを示します。$g$ は正規直交基底
$$\{ge_1, \cdots, g e_n\}$$
と同一視できます。$w_1 = g e_1 -e_1$ を法線とする超平面 $H_1$ に関する鏡映で、$e_1$ が $ge_1$ に移ります。次に $w_2 = g e_2 -\rho(w_1) e_2$ を法線とする超平面 $H_2$ を考えると、
\begin{align} ge_1 & \perp g e_2, \\ g e_1 = \rho(w_1) e_1 & \perp \rho(w_1) e_2\end{align}
なので、$g e_1 \perp w_2$ となります。よって $g e_1 \in H_2$ なので $g e_1$ は鏡映で動かず、$\rho(w_1) e_2$ は $g e_2$ に移ります。これを $n$ 回繰り返せば、
$$\rho(w_n) \cdots \rho(w_1) = g$$
となります。
以上から $\rho: Pin(n) \to O(n)$ は全射であり、従って $\rho: Spin(n) \to SO(n)$ も全射です。
ちなみに、$SO(n)$ の元を鏡映の合成で表すと必ず偶数個の合成となり、逆に偶数個の鏡映の合成は $SO(n)$ の元になります。$v_1, \cdots, v_m \in \mathbb{R}^n$ のとき $v_1 \cdots v_m \in \Gamma_n$ なので、
$$A = \{v_1 \cdots v_{2m} \mid m > 0,\ v_i \in \mathbb{R}^n, \ N(v_i) = 1\} \subset Spin(n)$$
となります。$A$ は $\Gamma_n$ の部分群で、$\rho(A) = SO(n)$ かつ $\operatorname{Ker} \rho = \{\pm 1\} \subset A$ なので、$A = Spin(n)$ となります。特に
$$Spin(n) = Pin(n) \cap C\ell_n^+$$
となります。
$\rho|_{Spin(n)}$ が被覆写像であること
単位行列 $I \in SO(n)$ 周りの十分小さい近傍 $U$ に対して $\rho^{-1}(U)$ が $U$ に同相な二つの開集合 $V_+, V_- \subset Spin(n)$ により $\rho^{-1}(U) = V_+ \sqcup V_-$ となることを示せば良いです。単位行列以外の $g \in SO(n)$ の周りについては、$g$ をかければわかります。
方針としては、$1 \in Spin(n)$ の近傍 $V_+$ に対して
$$V_- = \{x \in Spin(n) \mid -x \in V_+\}$$
とおいたとき
- $V_+ \cap V_- = \varnothing$ を満たすように $V_+$ をとれること
- $V_+ \cap V_- = \varnothing$ ならば $\rho(V_+ \cup V_-)$ が $SO(n)$ の開集合となること
を示せば良いです。この時 $\operatorname{Ker} \rho = \{\pm 1\}$ から、$U = \rho(V_+ \cup V_-)$ とおけば、$\rho(V_+) = \rho(V_-) = U$ かつ $\rho^{-1}(U) = V_+ \sqcup V_-$ となります。また、(2) から任意の開集合 $V_+^{\prime} \subset V_+$ に対して $\rho(V_+^{\prime})$ が開集合になるので、
$$\rho^{-1}: U \to V_+$$
が連続になり、$V_+ \simeq U$ となります。同様に $V_- \simeq U$ となるため、$\rho$ が被覆写像であることがわかります。
それでは (1), (2) を示します。(2) を示すために、$Spin(n)$ がコンパクトであることを用います。
$V_+ \cap V_- = \varnothing$ を満たすようにとれること
$x, y \in Spin(n)$ に対して
$$d(x, y) = \sqrt{N(x -y)}$$
とおくと、これは $Spin(n)$ の距離を定めます。
$$V_+ = \{x \in C\ell_n \mid d(1, x) < 1/2\}$$
とおくとこれは開集合であり、任意の $x \in V_+$, $y \in V_-$ に対して、$d(1, -1) = 2$ であることと三角不等式から
\begin{align} d(1, -1) &\leq d(1, x) + d(x, y) + d(y, -1) \\ \Rightarrow \quad 1 &< d(x, y) \end{align}
となるので $V_+ \cap V_- = \varnothing$ となります。$V_-$ も開集合です。
$Spin(n)$ のコンパクト性
$Spin(n)$ がコンパクトであることを示します。$C\ell_n \simeq \mathbb{R}^{2^n}$ であることに注意して
$$F = \{x \in C\ell_n \mid x \bar{x} = 1\}$$
は $x \bar{x}$ が $x$ の成分の多項式で表されることから閉集合です。もう少し詳しく説明すると、多項式 $f(x)$ は連続で、$x \in C\ell_n$ に収束する $F$ の点列 $\{x_i\}$ に対して
$$f(\lim_{i \to \infty}x_i) = \lim_{i \to \infty}f(x_i)$$
なので $x \in F$ となります。ある $v \in \mathbb{R}^n$ に対して
$$F_v = \{x \in F \mid \alpha(x) v \bar{x} \in \mathbb{R}^n\}$$
とおくと、クリフォード代数の積、$\alpha$、共役をとる操作が連続であることから $F_v$ も閉集合です。
$$Spin(n) = \bigcap_{v \in \mathbb{R}^n} F_v$$
なので、$Spin(n)$ は閉集合です。また、
$$Spin(n) \subset \{x \in C\ell_n \mid \sqrt{N(x)} \leq 1\}$$
なので有界です。よって $Spin(n)$ はコンパクトです。
$\rho(V_+ \cup V_-)$ は開集合である
$U = \rho(V_+ \cup V_-)$ とおき、$V_+ \cap V_- = \varnothing$ のとき $U$ が開集合であることを示します。そのためには $F = SO(n) \setminus U$ が閉集合であることを示せば良いです。$\{a_n\}$ は $F$ の点列で、$a \in SO(n)$ に収束するとします。$SO(n)$ は $\mathbb{R}^{n^2}$ の部分空間なので距離空間 (特に第一可算) であり、よって $a \in F$ であれば $F$ は開集合となります。
$x_n \in Spin(n)$ を $\rho(x_n) = a_n$ を満たす点とすると、$Spin(n)$ のコンパクト性から $\{x_n\}$ は収束する部分列 $\{x_{n_k}\}$ を持ちます。その収束先を $x$ とおくと、
$$\rho^{-1}(F) = Spin(n) \setminus (V_+ \cup V_-)$$
が閉集合であることから、$x \in \rho^{-1}(F)$ となります。$\rho$ の連続性から
$$\rho(x) = \lim_{k \to \infty}\rho(x_{n_k}) = a$$
なので $a \in F$ となり、$F$ は閉集合、$U = SO(n) \setminus F$ は開集合であることがわかりました。
以上で、$\rho: Spin(n) \to SO(n)$ が二重被覆であることがわかりました。
次の記事
「クリフォード代数を用いるメリット、デメリット」
参考文献
[小林大島] 小林俊行, 大島利雄. リー群と表現論
[wiki] Wikipedia. クリフォード代数
[wiki2] Wikipedia. 被覆空間
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