測度論に苦手意識を持つ人は多いようです。私もその一人で、学生の頃に結構勉強したつもりでしたが、この記事を書くときには全て忘れていました。振り返ってみると、測度論はルベーグの収束定理やフビニの定理のようなインパクトのある定理に目を取られがちで、全体像が掴みにくいわりに個々の命題の証明はちまちましていて飽きてしまうというのが原因だったように思います。測度論全体を俯瞰できれば、測度論を学ぶモチベーションの向上や測度論の面白さにふれやすくなり、測度論と向き合いやすくなるのではと考えました。そこで、測度論の理論構造がわかるよう、全体像をまとめてみようと思います。理論の細部には立ち入らないのでご承知おきください。
※注意: 本記事では測度論の用語を定義なしに用いる場合があります。
目次
なぜ測度を考えるのか
動機
測度論を導入する利点は様々ありますが、本記事においては測度論を考える動機を、一般の空間において積分を定義することとします。
リーマン積分は $\mathbb{R}^n$ 上の関数
$$g: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}$$
に対し定義されました。これを一般の空間 (あるいはだたの集合) $X$ 上の関数
$$f: X \to \mathbb{R} $$
に対して定義することを考えましょう。
まずリーマン積分をおさらいしましょう。区間 $I = (a, b]$ 上の関数 $g: I \to \mathbb{R}$ に対し、$I$ の細分 $a = a_0 < a_1 < \dots < a_{n-1} < a_n = b$ と2種類の和
$$\underline{s_n}(g) = \sum_{i = 0}^{n-1} \left( \inf_{x \in (a_i, a_{i+1}]} g(x) \right) \mu((a_i, a_{i+1}])$$
$$\overline{s_n} (g) = \sum_{i = 0}^{n-1} \left( \sup_{x \in (a_i, a_{i+1}]} g(x) \right) \mu((a_i, a_{i+1}])$$
を考え、細分の極限をとったときに両方の値が一致すれば、その値を $g$ の積分値とするのでした。ただし、$\mu((a_i, a_{i+1}]) = a_{i+1}-a_i$ であり、区間 $(a_i, a_{i+1}]$ の長さを表します。このように、リーマン積分では定義域 $I \subset \mathbb{R}$ の区間による分割を ( $I \subset \mathbb{R}^n$ の場合は区間の直積集合による分割を ) 用いることで積分を定義します。
しかし、一般の空間 $X$ ではこのような標準的な分割方法がないため、上記の方法では積分を定義することができません。空間に応じてそれぞれ分割方法を考え、それぞれの場合に積分を定義することは可能かもしれませんが、面倒です。( ちなみに多様体の場合は微分形式の積分がリーマン式で定義できます。 リーマン式での定義が難しいものの例としては、位相群上のハール測度や Giry モナドなどがあります。他にももっとあると思います。)
そこで積分したい関数の値域が $\mathbb{R}$ であることに目をつけると、値域の分割によって積分を定義する (グラフで描くと、横に分割する) というアイディアが、一般の空間上の積分を定義するのに非常に合理的であると考えられます。その方針で、非負関数 $f: X \to \mathbb{R}$ に対する上記の和 $\underline{s_n}(f)$ を書き直すと、$\mathbb{R}$ の分割
$$0 = a_0 < a_1 < \dots < a_{n-1} < a_n = \infty$$
に対し
$$\underline{s_n} (f) = \sum_{i = 0}^{n-1} \left( \inf_{x \in {f}^{-1}((a_i, a_{i+1}])} f(x) \right) \mu \left({f}^{-1}((a_i, a_{i+1}] ) \right)$$
となります。よって $\mu \left(f^{-1}((a_i, a_{i+1}] ) \right)$ の値が定まれば、$\underline{s_n}(f)$ が定まり、さらに $\underline{s_n}(f)$ が細分の極限の取り方によらなければ、積分が定義できそうです。($\overline{s_n}(f)$ を考えない理由は後ほど述べます。)
測度の持つべき性質
細分の極限については一旦置いておいて、$\mu \left(f^{-1}((a_i, a_{i+1}] ) \right)$ について考えましょう。積分の基本的な性質として、線形性と非負性 (被可積分関数が任意の点で非負であれば積分値が非負であること) が挙げられます。この観点で $\mu$ が持つべき性質を考えましょう。
唐突ですが、以下の2つの条件を考えます。$\mathcal{P}(X)$ を $X$ の部分集合全体の集合として、
- $X$ の部分集合の集合 $\mathfrak{M} \subset \mathcal{P}(X)$ と $\mathfrak{M}$ 上の関数 $\mu: \mathfrak{M} \to \mathbb{R} \cup \{+\infty\}$ が定められている。
- 任意の $0 \leq i \leq n$ に対して $f^{-1}((a_i, a_{i+1}]) \in \mathfrak{M}$ である。
とします。そうすれば $\mu \left({f}^{-1}((a_i, a_{i+1}] ) \right)$ の値が定まり、$\underline{s_n}(f)$ を定義できます。
まずは条件 1 を深掘りし、$\mu$ が持つべき性質を考えましょう。$\underline{s_n}(f)$ の極限として積分が得られたと”仮定“します。それを $f$ に対して実数を対応させる写像 $F$ とおき、積分値を $F(f)$ と表します。
$A \subset X$ に対して関数 $1_A(x)$ を、$x \in A$ のとき $1$、そうでないとき $0$ であるものとします。$A \in \mathfrak{M}$ に対して定義から
$$\underline{s_n}(1_A) = \mu(A)$$
が任意の細分に対して成り立ちます。したがって $F(1_A) = \mu(A)$ になります。このとき、積分の非負性から
$$\mu(A) \geq 0$$
が成り立たなければなりません。
積分は線形性をもつので、$A, B \in \mathfrak{M}$ に対して
$$F(1_A + 1_B) = F(1_A) + F(1_B)$$
が成り立ちます。$A \cap B = \emptyset$ ならば
\begin{align} F(1_A + 1_B) &= \mu(A \cup B), \\ F(1_A + 1_B) &= F(1_A) + F(1_B) \\ &= \mu(A) + \mu(B) \end{align}
なので
$$\mu(A \cup B) = \mu(A) + \mu(B)$$
が成り立つべきです。
$B = \emptyset$ とすれば、$1_B \equiv 0$ なので
$$\mu(\emptyset) = F(0) = 0$$
も成り立つべきです。よって $\underline{s_n}$ の極限として積分を定義するには、最低限 $\mu$ に上記のような性質を仮定する必要があります。(逆に、$\mu$ に設けた条件が積分の性質に影響します。その観点で勉強するのも面白いです。)
条件2 から推察すると、$\mathfrak{M}$ が大きければ大きいほど積分可能な関数が増えると思われるため、$\mathfrak{M}$ はなるべく大きいことが望ましいです。では $\mathfrak{M} = \mathcal{P}(X)$ とすればいいのではないかと思われるかもしれませんが、一般的にはできません。例えばルベーグ測度には非可測集合が存在してしまいます。
$\mathfrak{M}$ が小さすぎても不便ですので、ある程度の大きさを持つ、つまり特定の集合操作によって閉じていることを要求するのが自然です。リーマン式であれば、$1_A$ と $1_B$ が可積分であれば、$1_{A \cap B}$, $1_{A \setminus B}$, $1_{A \cup B}$ なども可積分なので、$F$ も同様の性質を満たして欲しいです。そうであれば
\begin{align} F(1_{A \cup B}) &= F(1_A + 1_B -1_{A \cap B}) = F(1_A) + F(1_B) -F(1_{A \cap B}) \\ F(1_{A \setminus B}) &= F(1_A -1_{A \cap B}) = F(1_A) -F(1_{A \cap B}) \end{align}
が成り立つので、
\begin{align} \mu(A \cup B) &= \mu(A) + \mu(B) -\mu(A \cap B) \\ \mu(A \setminus B) &= \mu(A) -\mu(A \cap B) \end{align}
を満たして欲しいです。そのためには $\mu$ が $A \cap B$, $A \setminus B$, $A \cup B$ に対して定義できる必要があり、$A \cap B$, $A \setminus B$, $A \cup B$ が $\mathfrak{M}$ に含まれて欲しいです。
測度の定義
以上を考慮しつつ、測度の定義について述べましょう。
定義. $\sigma$-加法族、可測空間、可測集合
$X$ を集合とし、$\mathfrak{M}$ をその部分集合族とする. $\mathfrak{M}$ が以下の条件を満たすとき, $\mathfrak{M}$ を $\sigma$-加法族という.
- $X, \emptyset \in \mathfrak{M}$
- $A \in \mathfrak{M} \Rightarrow X \setminus A \in \mathfrak{M}$
- $A_n \in \mathfrak{M} \> (n = 1, 2, \cdots) \Rightarrow \bigcup_{n=1}^{\infty} A_n \in \mathfrak{M}$
組 $(X, \mathfrak{M})$ を可測空間という。また、$\mathfrak{M}$ の元を可測集合という。$\Box$
定義. 測度
$(X, \mathfrak{M})$ を可測空間とする. $\mathfrak{M}$ 上の関数 $\mu$ が以下の条件を満たすとき, $\mu$ を測度という.
- $A \in \mathfrak{M}$ に対し、$0 \leq \mu(A) \leq +\infty$, $\mu(\emptyset) = 0$.
- $A_n \in \mathfrak{M} \> (n = 1, 2, \cdots)$ で $A_n \cap A_m = \emptyset$ $(n \neq m)$ ならば $$\mu(\bigcup_{n = 1}^{\infty} A_n) = \sum_{n=1}^{\infty} \mu(A_n)$$が成り立つ.
三つ組 $(X, \mathfrak{M}, \mu)$ を測度空間という. $\Box$
定義について少し補足します。先ほど、$A, B \in \mathfrak{M}$ ならば $A \cap B$, $A \setminus B$, $A \cup B$ が $\mathfrak{M}$ に含まれるべきと述べましたが、それらは $\sigma$-加法族の定義から簡単に導かれます。$\sigma$-加法族の条件3と測度の条件2にあるような、(加算) 無限和に関する条件については全く触れませんでしたが、この条件は積分の極限定理の要になります。また、$\mu$ の定義域をなるべく大きくするという考えからも望ましいです。一方でこの条件を課すことで逆にデメリットが無いか、例えば応用上、測度を構成するという過程が必要だが、構成が困難にならないか?という疑問が浮かびますが、上手い構成方法があるため問題になりません。さらにいくつかの条件のもとで、有限和から無限和への拡張が一意的に存在します。
$\sigma$-加法族の条件3は、条件1と2のもとで以下の 2 つの条件が成り立つことと同値です。
- $A, B \in \mathfrak{M}$ ならば $A \cap B \in \mathfrak{M}$
- $A_n \in \mathfrak{M} \> (n = 1, 2, \cdots)$ で $A_1 \subset \cdots \subset A_n \subset \cdots$ ならば $\bigcup_{n=1}^{\infty} A_n \in \mathfrak{M}$
証明は簡単なので省略します。上記の言い換えは測度論の教科書内で暗黙的に使われることがあります。また、ディンキン族や単調族といった、$\sigma$-加法族を弱めた集合族があり、〇〇の条件のもとでそれらが$\sigma$-加法族になる、というような定理が教科書に出てきますが、このような言い換えを知っていると理解が楽になると思います。
完備化
先ほど、測度 $\mu$ の定義域はできるだけ大きい方がいいと述べましたが、測度が明らかに $0$ と思しき集合に対して測度を拡張することができます。
$$\overline{\mathfrak{M}} = \{ A \subset X \mid B_1 \subset A \subset B_2, \mu(B_1) = \mu(B_2) \text{
となる} B_1, B_2 \in \mathfrak{M} \text{が存在する}\}$$
とし、$\overline{\mu}(A) = \mu(B_1) \ (= \mu(B_2))$ とおくと、$(X, \overline{\mathfrak{M}}, \overline{\mu})$ は測度空間となります。これを完備化と言います。これによって、$\mu(N) = 0$ を満たす $N \in \mathfrak{M}$ の部分集合すべてが $\overline{\mu}$ の定義域となります。
積分の定義
積分の定義自体はそれほど難しくないので、軽く触れる程度にします。積分の定義を簡単にいうと、単関数の積分を定義し、その下からの極限として非負関数の積分を定義します。非負でない関数や複素数値関数の場合は関数を適当に分割し、積分の線形性を利用することで定義します。
もう少し詳しく説明します。$\varphi: X \to \mathbb{R}$ が有限個の値しか取らないとき、$\varphi$ を単関数といいます。$\varphi$ を非負単関数とし、$\varphi$ のとる値を $0 \leq a_1 \leq \cdots \leq a_n$ とします。$\varphi^{-1}(a_i) \in \mathfrak{M}$ であるとき、$\varphi$ の積分を
$$\int_X \varphi d\mu = \sum_{i} a_i \mu(\varphi^{-1}(a_i))$$
と定義します。
$\mathbb{R}$ の任意の区間 $(a, b]$ を含む最小の $\sigma$-加法族を $\mathfrak{B}(\mathbb{R})$ と書き、$\mathbb{R}$ のボレル集合族といいます。定義から、任意の $a \in \mathbb{R}$ に対し $\{a\} \in \mathfrak{B}(\mathbb{R})$ です。$f: X \to \mathbb{R}$ が任意の $B \in \mathfrak{B}(\mathbb{R})$ に対して $f^{-1}(B) \in \mathfrak{M}$ であるとき、$f$ を可測関数といいます。単関数 $\varphi$ が $\varphi^{-1}(a_i) \in \mathfrak{M}$ を満たすことは $\varphi$ が可測であると言い換えられます。
非負可測関数 $f$ に対しての積分は、可測非負単関数の非減少列 $\{\varphi_n\}$ で $\lim_{n \to \infty} \varphi_n(x) = f(x)$ (各点収束) を満たすものに対し、
$$\int_X f d\mu = \lim_{n \to \infty} \int_X \varphi_n d\mu$$
と定義します。これは単関数の取り方によりません (証明は自明ではありませんが、省略します) 。$\{\varphi_n\}$ が非減少列である点に関しては、そう仮定しないと、$\mu(X) = \infty$ の場合に $\int \varphi_n d\mu = \infty$ で $\varphi_n(x) \to 0$ となる列を簡単に作れてしまい、列の取り方によって値が異なってしまうからです (これが $\overline{s_n} (f)$ を考えなかった理由です)。
単関数の非減少列のつくり方は、$\underline{s_n} (f)$ の定義を参考に単関数
$$\underline{f_n} = \sum_{i = 0}^{n-1} \left( \inf_{x \in {f}^{-1}((a_i, a_{i+1}])} f(x) \right) 1_{{f}^{-1}((a_i, a_{i+1}] )}$$
をつくり、$f$ に各点収束するように分割
$$0 = a_0 < a_1 < \dots < a_{n-1} < a_n = \infty$$
を細かくする方法がありますし、分割をより明示的にとる方法もあります。大体の教科書には載っていると思います。
測度の構成
測度を定義するモチベーションを、積分が定義できる空間の一般化としていましたから、様々な集合上で測度を構成できなければ意味がありません。最低でも $\mathbb{R}$ 上の測度ぐらいは構成できなければ、$\mathbb{R}$ 上の積分さえ定義できません。幸い、測度を構成する良い方法があります。
外測度の方法
外測度と呼ばれる、測度より緩い条件をもつ $\mathcal{P}(X)$ 上の関数を定義し、その定義域を制限することで測度を構成することができます。
定義. 外測度
$X$ を集合とする. $\mathcal{P}(X)$ 上の関数 $\Gamma$ で以下の性質を満たすものを外測度という.
- $0 \leq \Gamma(A) \leq \infty$, $\> \Gamma(\emptyset) = 0$
- $A \subset B \Rightarrow \Gamma(A) \leq \Gamma(B)$
- $\Gamma(\bigcup_{n = 1}^{\infty} A_n) \leq \sum_{n=1}^{\infty} \Gamma(A_n)$
$\Box$
測度との違いは、”すべての部分集合上”で定義されていることと、条件3の $A_n$ たちが非交和でも等式が成り立たないことです。条件2は測度の場合も成り立ちます。
このとき、次の定理が成り立ちます。
定理. 1
$\Gamma$ を $X$ 上の外測度とし, $\mathfrak{M}_{\Gamma}$ を任意の $A \subset X$ に対して以下の条件を満たす集合 $E \subset X$ 全体とする.
$$\Gamma(A \cap E) + \Gamma(A \cap (X \setminus E)) = \Gamma(A)$$
このとき $(X, \mathfrak{M}_{\Gamma}, \Gamma)$ は測度空間となる. $\Box$
簡単な例を挙げます。$X = \{1, 2, 3\}$ とし、
\begin{align} &\Gamma(\{1\}) = 1 \\ &\Gamma(\{2\}) = \Gamma(\{3\}) = 2 \\ &\Gamma(\{2, 3\}) = 2 \\ &\Gamma(\{1, 3\}) = \Gamma(\{1, 2\}) = 3 \\ &\Gamma(\{1, 2, 3\}) = 3 \end{align}
とします。$\Gamma$ は $X$ 上の外測度になりますが、$\Gamma(\{1, 2, 3\}) < \Gamma(\{1, 2\}) + \Gamma(\{3\}) = 5$ なので測度ではありません。計算すると、
$$\mathfrak{M}_{\Gamma} = \{\emptyset, \{1\}, \{2, 3\}, \{1, 2, 3\}\}$$
となり、$(X, \mathfrak{M}_{\Gamma}, \Gamma)$ が測度になることも簡単な計算でわかります。
この方法の問題は、$\mathfrak{M}_{\Gamma}$ の大きさが一般的には保証されていないことです。場合によっては $\mathfrak{M}_{\Gamma} = \{\emptyset, X\}$ になることもあります。個々の状況に応じて $\mathfrak{M}_{\Gamma}$ が十分な大きさであることを示す必要があります。
有限加法的測度の拡張と一意性
$\sigma$-加法族の条件3を有限の場合に制限したものを有限加法族、測度の定義域を有限加法族にし、条件2を有限の場合に制限したものを有限加法的測度といいます。集合 $X$ 上の有限加法族 $\mathfrak{F}$ と有限加法的測度 $m$ の組 $(X, \mathfrak{F}, m)$ を有限加法的測度空間といいます。
$\sigma$-加法族でない有限加法族の例は、$\mathbb{R}$ 上の半開区間 $(a, b]$ $(-\infty \leq a \leq b \leq \infty)$ の有限和全体の集合です。これは一点集合 $\{a\}$ を含まないので $\sigma$-加法族ではありません。
外測度による構成の最も基本的な応用は、有限加法的測度空間を測度空間に拡張することです。つまり、$\mathfrak{F} \subset \mathfrak{M}$ を満たす $\sigma$-加法族 $\mathfrak{M}$ と、 $\mu |_{\mathfrak{F}} = m$ を満たす $\mathfrak{M}$ 上の測度 $\mu$ を構成することです。拡張というとその一意性も気になるところですが、適当な条件のもと拡張の一意性を示すことができます。
外測度は、$A \subset X$ に対して
$$\Gamma(A) = \inf \left\{ \sum_{n=1}^{\infty} m(E_n) \mid \bigcup_{n=1}^{\infty} E_n \supset A, E_n \in \mathfrak{F} \right\}$$
で定義します。先ほど述べたようにこれだけでは $\mathfrak{M}_{\Gamma}$ が十分な大きさであること、つまり $\mathfrak{F} \subset \mathfrak{M}_{\Gamma}$ であることは保証されません。とりあえず、測度を拡張するという観点から、以下の条件が必要であることがわかります。
$$\text{非交和 } E = \bigcup_{n = 1}^{\infty} E_n \text{ が } E \in \mathfrak{F} \text{ を満たすならば } m(E) = \sum_{n=1}^{\infty} m(E_n).$$
つまり、加算個の非交和が $\mathfrak{F}$ に (一般には含まれないが) もし含まれていれば、測度と同じ条件を満たす必要があります。この条件を満たすとき、$m$ は完全加法的であるといいます。逆に $m$ が完全加法的であれば、$\mathfrak{F} \subset \mathfrak{M}_{\Gamma}$ となります。これを E.Hopfの拡張定理といいます。
一意性については $\sigma$-有限、つまり $X_k \in \mathfrak{F}$ で、
\begin{align*} &X_1 \subset \cdots \subset X_k \subset \cdots, \\ &m(X_k) < \infty, \\ &X = \bigcup_{k=1}^{\infty} X_k \end{align*}
満たすものが存在することが十分条件となります。ただし、拡張の一意性は $\sigma(\mathfrak{F})$ 、つまり $\mathfrak{F}$ を含む最小の $\sigma$-加法族 (の完備化) までで、それ以上に拡張できるかは知りません。
$(X, \mathfrak{F}, m)$ が $\sigma$-有限より強く、$m(X) < \infty$ であるときに一意性を示します。$\mu$ を $m$ の $\sigma(\mathfrak{F})$ への拡張とします。$A \in \sigma(\mathfrak{F}), E_n \in \mathfrak{F}$, $A \subset \bigcup_{n=1}^{\infty} E_n$ としたとき、
$$\mu(A) \leq \mu(\bigcup_{n=1}^{\infty} E_n) \leq \sum_{n=1}^{\infty} m(E_n)$$
と $\Gamma$ の定義から、$\mu(A) \leq \Gamma(A)$ が成り立ちます。$A$ を $X \setminus A$ に置き換えて、$\mu(X \setminus A) \leq \Gamma(X \setminus A)$ を得ますが、$\mu(X) = \Gamma(X) = m(X) < \infty$ なので、$\mu(A) \geq \Gamma(A)$ が成り立ちます。よって $\mu(A) = \Gamma(A)$ が成り立ちます。
$\sigma$-有限のときは、$X$ を $X_k$ に置き換えて極限を取ればよいです。
有限加法的測度の拡張の例として、ルベーグ測度と直積測度を挙げます。
ルベーグ測度
$X = \mathbb{R}^n$ とし、有限加法族 $\mathfrak{J}_n$ を、$(a_1, b_1] \times \cdots \times (a_n, b_n]$ の有限和集合全体からなる集合とします。また、
$$m((a_1, b_1] \times \cdots \times (a_n, b_n]) = (b_1-a_1) \cdots (b_n-a_n)$$
とします。$(\mathbb{R}^n, \mathfrak{J}_n, m)$ が $\sigma$-有限であることは明らかです。$m$ が完全加法的であることはおおよそ以下のように示されます。
$I_1, \cdots, I_k, \cdots \in \mathfrak{J}_n$, $I_i \cap I_j = \emptyset$ とし、$A = \bigcup_{k=1}^{\infty} I_k$ とおきます。
$m(A) = \infty$ のとき、任意の $r \in \mathbb{R}$ に対し $J \in \mathfrak{J}_n$, $m(J) > r$ かつ閉包 $ \bar{J}$ がコンパクトで、$\bar{J} \subset \mathring{A}$ を満たす集合 $J$ が存在します ($\mathring{A}$ は $A$ の内点集合)。コンパクト性から十分大きな $N \in \mathbb{N}$ に対して $\bar{J} \subset \bigcup_{k=1}^{N} \mathring{I_k}$ なので、$\sum_{k=1}^{\infty} m(I_k) = \infty$です。
$m(A)$ が有限のときは、$A \in \mathfrak{J}_n$ であることから$A$ は $(a_1, b_1] \times \cdots \times (a_n, b_n]$ という形の集合の有限個の非交和であり、各々は有界集合です。すると、任意の $\varepsilon \in \mathbb{R}$ に対し、 $J \in \mathfrak{J}_n$ かつ $\bar{J} \subset \mathring{A}$ で $m(A)-m(J) < \varepsilon$ を満たし、$\bar{J}$ がコンパクトとなる集合 $J$ が存在します。先ほどと同様の議論で十分大きな $N$ に対し $\bar{J} \subset \bigcup_{k=1}^{N} \mathring{I_k}$ なので、$m(A) < \sum_{k=1}^{N} m(I_k) + \varepsilon$ が成り立ちます。$\varepsilon$ は任意なので、$m(A) \leq \sum_{k=1}^{\infty} m(I_k)$ が成り立ちます。逆の不等式は $I_i \cap I_j = \emptyset$ から $m(A) \geq \sum_{k=1}^{N} m(I_k)$ なので、$N \to \infty$ で成立します。
$(\mathbb{R}^n, \mathfrak{J}_n, m)$ の $\sigma(\mathfrak{J}_n)$ への拡張を完備化した測度をルベーグ測度といいます。
直積測度
$(X, \mathfrak{M}_X, \mu)$ , $(Y, \mathfrak{M}_Y, \nu)$ を測度空間とします。$X \times Y$ 上の有限加法族 $\mathfrak{F}$ を $E \times F$ ($E \in \mathfrak{M}_X$, $F \in \mathfrak{M}_Y$) の有限和集合全体からなる集合とします。実際は $E \times F$ の有限非交和全体としても問題ありません (図示すれば簡単にわかります)。 $\mathfrak{F}$ 上の関数 $m$ を $m(E \times F) = \mu(E)\nu(F)$ とします。
$(X, \mathfrak{M}_X, \mu)$ , $(Y, \mathfrak{M}_Y, \nu)$ の両方が $\sigma$-有限ならば、 $(X \times Y, \mathfrak{F}, m)$ も $\sigma$-有限であることは明らかです。
$m$ が完全加法的であることはおおよそ以下のように示されます。
$E_1, \cdots ,E_i, \cdots \in \mathfrak{M}_X$, $F_1, \cdots ,F_i, \cdots \in \mathfrak{M}_Y$ で、$(E_i \times F_i) \cap (E_j \times F_j) = \emptyset$ であるとし、$A = \bigcup_{i = 1}^{\infty} E_i \times F_i$ とします。$A \in \mathfrak{F}$ なので、$A$ は別の表現 $A = \bigcup_{k=1}^{N} E^{\prime}_k \times F^{\prime}_k$ を持ちます。また、
$$1_A= \sum_{k=1}^{N} 1_{E^{\prime}_k} 1_{F^{\prime}_k} = \sum_{i=1}^{\infty} 1_{E_i} 1_{F_i}$$
が成り立ちます。後ろの2つの関数は $x \in X$ を固定したときに $\mathfrak{M}_{Y}$ に関して可測なので、$y$ について積分します。積分後の関数は $\mathfrak{M}_X$ に関して可測なので $x$ について積分します。すると、
$$m(A) = \sum_{k=1}^{N} \mu(E^{\prime}_k) \nu(F^{\prime}_k) = \sum_{i=1}^{\infty} \mu(E_i) \nu(F_i)$$
が成り立ちます。
$(X \times Y, \mathfrak{F}, m)$ を $\sigma(\mathfrak{F})$ に拡張した測度を直積測度といいます。
直積測度に関する有名な定理にFubiniの定理がありますが、それを示すには、測度の値をもう少し精査する必要があります。
ハウスドルフ測度
リーマン多様体のようなきれいな距離空間であれば、(球と同相になる程度に小さい) 半径 $r$ の球の測度を (多様体の次元の) 球の体積と定めることで測度が定義できそうな気がします。このアイディアを発展させて、直径の小さい集合で覆うことで、任意の距離空間に測度を定義できます。
$(X, d)$ を距離空間とします。$A \subset X$ の直径を
$$d(A) = \sup\{d(x, y) \mid x, y \in X \}$$
とします。$\rho(t)$ を区間 $[0, 1]$ 上の非負非減少関数で $\rho(0) = 0$ を満たすものとします。$0 < \varepsilon < 1$ に対し
$$\Gamma_{\rho,\ \varepsilon} = \inf \left \{ \sum_{i} \rho(d(A_i)) \mid A \subset \bigcup_i A_i, \ d(A_i) < \varepsilon \right \}$$
と定義します。$\varepsilon \to 0$ で $\Gamma_{\rho,\ \varepsilon}$ は非減少であり、($+\infty$ の場合を含めて) 極限が存在するため、
$$\Gamma_{\rho} = \lim_{\varepsilon \to 0} \Gamma_{\rho,\ \varepsilon}(A)$$
とおくと、$\Gamma_{\rho}$ は外測度になります。これを $\rho$ に付随したハウスドルフ外測度といいます。
$\mathfrak{M}_{\Gamma_{\rho}}$ はすべての開集合を含むことが知られており、開集合を含む最小の $\sigma$-加法族 $\mathfrak{B}(X)$ 上に$\Gamma_{\rho}$ を制限した測度を $\mu_{\rho}$ とおいて、$\rho$ に付随したハウスドルフ測度といいます。
$\mathbb{R}^n$ の距離を
$$d(x, y) = \sqrt{(x_1-y_1)^2 + \cdots + (x_n-y_n)^2}$$
とし、$\rho(t) = t^n$ としたとき、ハウスドルフ測度はルベーグ測度の定数倍と一致するようです。
まとめ
測度の定義から構成までの流れを、積分できる空間を広げるという動機からまとめてみました。統計学のKLダイバージェンスとの関係で、ラドン=ニコディムの定理にも触れたかったのですが、不勉強のためコンパクトにまとめるのが難しく、記事が長くなるので省略しました。
この記事を書いてみて、やはり測度論は関連する話題が多く、教科書で順を追って勉強すると注意すべき点が拡散してしまうように感じました。それよりも、気になるトピックに合わせて自分でストーリーを組み替えて、必要な部分を勉強するという方が理解しやすい気がします。Wikipediaに意外と証明が載っていたりするので、トピックを限定して勉強するには向いているかもしれません。
積分の収束定理には全く触れませんでしたが、収束定理の応用のためには、収束定理の証明→ルベーグ積分とリーマン積分の関係→実際の応用の仕方、という流れで、必要な時に必要な分を勉強すれば良いのではないでしょうか。
参考文献
小谷 眞一. 測度と確率
吉田 伸生. ルベーグ積分入門 使うための理論と演習
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