この記事は、クリフォード代数を用いたSpin群 $Spin(n)$ の構成について解説する連続記事の第二回目の記事です。
- クリフォード代数の性質、ノルム、内積など
- $SO(n)$ のアナロジーとしてのSpin群の構成 ← この記事
- $Spin(n)$ が $SO(n)$ の二重被覆であることの証明
- [予定] クリフォード代数を用いるメリット、デメリット
この記事では、$SO(n)$ が行列群の中で
- 可逆である
- ノルムを保つ
- 向きを保つ
を満たす部分群であること (中線定理から、ノルムを保つことと内積を保つことは同値) のアナロジーとして、$Spin(n)$ がクリフォード代数 $C\ell_n$ の積に関する部分群で、上記のような性質を満たすもの、という流れで構成方法を解説します。構成方法として割とスタンダードで、 [小林大島] にも載っている方法ですが、この記事では説明の仕方が少し丁寧なのと、少し異なります。
アナロジーとはいっても、字義通りなのはノルムを保つという部分のみで、その他の 2 つの性質については普通の意味から少し変更されます。特に可逆であるという部分は、クリフォード群と呼ばれる $C\ell_n$ の部分群の元である (部分群なので可逆)、という条件に置き換えられます。クリフォード群が現れる理由についてはうまく解説することが難しく、導入の仕方が唐突になってしまいました。したがって $SO(n)$ のアナロジーというには少し無理矢理な印象を持たれるかもしれませんが、それでも理解の助けになると思い、このような主張をすることにしました。
目次
クリフォード代数の積の可逆元
$C\ell_n$ を $\mathbb{R}$ 上の $\mathbb{R}^n$ に付随するクリフォード代数とします。$x \in C\ell_n$ は積によって、線型写像 $x \ \cdot : C\ell_n \to C\ell_n$ を定めます。その積に関する可逆元を考えます。
まず、$x = v_1 \cdots v_k \in C\ell_n$ $(v_i \in \mathbb{R})$ の逆元を考えます。$C\ell_n$ の積の定義から、一般に $v w + w v = -2 \langle v, w \rangle$ なので、$v \cdot v = – ||v|| ^2$ が成り立ちます。よって $||v_i|| \neq 0$ の場合
$$x^{-1} = \left(\frac{-1}{||v_k||^2} v_k\right) \cdots \left(\frac{-1}{||v_1||^2} v_1\right)$$
が $x$ の逆元です。一方で、一般の $C\ell_n$ の元は可逆ではありません。例えば
\begin{align} & (e_1 e_2 + e_3 e_4)(e_1 e_2 -e_3 e_4) \\ = \ & e_1 e_2 e_1 e_2 + e_3 e_4 e_1 e_2 -e_1 e_2 e_3 e_4 -e_3 e_4 e_3 e_4 \\ = \ & (-1)^3 + (-1)^4 e_1 e_2 e_3 e_4 -e_1 e_2 e_3 e_4 -(-1)^3 \\ = \ & 0 \end{align}
なので、$e_1 e_2 + e_3 e_4$, $e_1 e_2 -e_3 e_4$ は逆元を持ちません。$C\ell_n$ の可逆元全体を $C\ell_n^{\times}$ と書きます。
もし $x \in C\ell_n$ が $x \bar{x} = N(x)$ ($N(x)$ は $x$ のノルム) を満たすなら、
$$x^{-1} = \frac{\bar{x}}{N(x)}$$
と明示的に表すことができます。すぐ後で定義するクリフォード群においてはこの性質が成り立ちます。
クリフォード群
クリフォード群の定義
$C\ell_n^{\times}$ では (理由は分かりませんが) 目的の群に対して大きいらしいので、もう少し小さくします。$x \in C\ell_n^{\times}$ による共役を少し捻った
$$\rho(x): C\ell_n \ni y \mapsto \alpha(x) y x^{-1} \in C\ell_n$$
を考えます。$\alpha: C\ell_n \to C\ell_n$ は対合、つまり
$$\alpha(e_{i_1} \cdots e_{i_k}) = (-1)^k e_{i_1} \cdots e_{i_k}$$
をみたす準同型です。そして $C\ell_n^{\times}$ の部分集合 $\Gamma_n$ を
$$\Gamma_n = \{x \in C\ell_n^{\times} \mid \textrm{任意の } v \in \mathbb{R}^n \textrm{ に対して } \rho(x) v \in \mathbb{R}^n\}$$
と定めます。$\Gamma_n$ は $C\ell_n$ の部分群となります。それを確認しましょう。
まず $1 \in \Gamma_n$ は明らかです。次に、任意の $x, y \in \Gamma_n$ と任意の $v \in \mathbb{R}^n$ に対して
\begin{align} \rho(x y) v &= \alpha(xy) v (xy)^{-1} \\ &= \alpha(x)\alpha(y) v y^{-1} x^{-1} \\ &= \alpha(x) (\rho(y) v) x^{-1} \\ &= \rho(x) (\rho(y) v) \in \mathbb{R}^n \end{align}
なので、$x y \in \Gamma_n$ となります。最後に上の式の $y$ を $x^{-1}$ に置き換えると $\rho(x^{-1}) = \rho(x)^{-1}$ で、$\rho(x)|_{\mathbb{R}^n}, \rho(x^{-1})|_{\mathbb{R}^n} \in GL_n(\mathbb{R})$ なので $x^{-1} \in \Gamma_n$ が分かります。
以上で $\Gamma_n$ が $C\ell_n$ の部分群であることがわかりました。$\Gamma_n$ をクリフォード群と呼びます。$\rho$ を $\Gamma_n$ に制限すると、$x, y \in \Gamma_n$ に対して $\rho(xy) = \rho(x) \rho(y)$ が成り立つので、群の準同型
$$\rho: \Gamma_n \to \mathrm{GL}_n(\mathbb{R})$$
が得られます。
$\rho$ の核
$c \in \mathbb{R}^{\times}$ $(=C\ell_n^0 \setminus \{0\})$ に対しては $c^{-1} = \frac{1}{c}$ なので、
$$\rho(c) v = c v \frac{1}{c} = v$$
となり、
$$\mathbb{R}^{\times} \subset \operatorname{Ker} \rho \subset \Gamma_n$$
がわかります。実は $\rho$ の核は、このような自明なもの以外含まないこと、つまり $\mathbb{R}^{\times} = \operatorname{Ker} \rho$ であることを示します。
$x \in \operatorname{Ker} \rho$ とします。このとき任意の $v \in \mathbb{R}^n$ に対して
\begin{align} & v = \rho(x) v = \alpha(x) v x^{-1} \\ \Rightarrow \ &v x = \alpha(x) v \end{align}
が成り立ちます。$\mathbb{Z}_2$-次数付き分解により $x = x^+ + x^-$ と表すと、$\alpha(x) = x^+ -x^-$ なので、任意の $v \in \mathbb{R}^n \simeq C\ell_n^1$ に対して
\begin{align} v x^+ &= x^+ v \\ v x^- &= -x^- v \\ \end{align}
が成り立ちます。ここで、$x^+ = a + e_1 b$ ($a \in C\ell_n^+,\ b \in C\ell_n^-$, $a$, $b$ は $e_1$ を含まない) と分解すると、$v = e_1$ に対して
\begin{align} e_1 x^+ &= e_i (a + e_1 b) \\ &= e_1 a -b \\ &= a e_1 -b, \\ x^+ e_1 &= (a + e_1 b) e_1 \\ &= a e_1 + e_1 b e_1 \\ &= a e_1 -e_1 e_1 b \\ &= a e_1 + b \\ \end{align}
となるので、$b = 0$ となります。他の $x^+ = a^{\prime} + e_i b^{\prime}$ のような分解を考えても $b^{\prime}$ は常に $0$ となるので、$x^+ \in \mathbb{R}$ となります。$x^-$ も同様に $x^- = a + e_i b$ ($a \in C\ell_n^-,\ b \in C\ell_n^+$, $a$, $b$ は $e_i$ を含まない) と分解すること、$b$ が常に $0$ であることがわかります。$x^- \in C\ell_n^-$ であることから $x^- = 0$ がわかります。よって $x \in \mathbb{R}$ であり、$0 \notin \Gamma_n$ なので $x \in \mathbb{R}^{\times}$ となります。
以上で $\operatorname{Ker} \rho = \mathbb{R}^{\times}$ であることがわかりました。これにより、$\rho: \Gamma_n \to \mathrm{GL}_n(\mathbb{R})$ は本質的な部分 (数学用語ではない) において単射であると言えます。
クリフォード群とノルム
$x \in \Gamma_n$ の元はノルムに関して、
- $x \bar{x} = N(x)$ が成り立つ
- $N(xy) = N(x)N(y)$ が成り立つ
- $N(\alpha(x)) = N(x)$ が成り立つ
など、良い性質を持ちます。下の 2 つは一番上から容易に従います。
$x \bar{x} = N(x)$ であること
$x \in \Gamma_n$ に対して $x \bar{x} = N(x)$ を示しましょう。まず $\bar{x} \in \Gamma_n$ を示します。
$$\alpha(\bar{x}) = \alpha(\alpha({}^t x)) = {}^t x$$
であること
$$\overline{x^{-1}} \bar{x} = \overline{x x^{-1}} = 1$$
から $\overline{x^{-1}} = (\bar{x})^{-1}$ であることに注意して $\rho(\bar{x})v$ を計算すると
\begin{align} \rho(\bar{x})v &= \alpha(\bar{x}) v (\bar{x})^{-1}\\ &= {}^t x v \overline{x^{-1}} \\ &= {}^t x v ({}^t \alpha({x^{-1}})) \\ &= {}^t (\alpha({x^{-1}}) v x) \in \mathbb{R}^n \end{align}
により $\bar{x} \in \Gamma_n$ がわかりました。ここで、$x^{-1} \in \Gamma_n$ であることと、$v \in \mathbb{R}^n$ に対して ${}^t v = v \in \mathbb{R}^n$ であることを用いました。
$\rho(x \bar{x})$ を計算すると、$\alpha({x^{-1}}) v x \in \mathbb{R}^n$ から ${}^t (\alpha({x^{-1}}) v x) = \alpha({x^{-1}}) v x$ であることに注意して
\begin{align} \rho(x \bar{x})v &= \rho(x)(\alpha({x^{-1}}) v x) \\ &= \alpha(x)\alpha({x^{-1}}) v x x^{-1} \\ &= v \end{align}
となり、$\rho(x \bar{x}) = \mathrm{id}_{\mathbb{R}^n}$ であることがわかります。$\operatorname{Ker} \rho = \mathbb{R}^{\times}$ なので、$x \bar{x} \in \mathbb{R}^{\times}$ となります。従って
$$x \bar{x} = \langle x \bar{x} \rangle = N(x)$$
が成り立ちます。
$N(xy) = N(x)N(y)$ が成り立つこと
$x, y \in \Gamma_n$ に対して、
\begin{align}N(x y) &= xy \bar{y}\bar{x} = x N(y) \bar{x} \\ &= x\bar{x} N(y) = N(x) N(y)\end{align}
となります。
$N(\alpha(x)) = N(x)$ であること
$x \in \Gamma_n$ に対して $\pm x \in \Gamma_n$ なので、$\alpha(x) \in \Gamma_n$ です。計算すると
\begin{align} N(\alpha(x)) &= \alpha(x) \overline{\alpha(x)} = \alpha(x) \alpha(\bar{x})\\ &= \alpha(x \bar{x}) =\alpha(N(x)) = N(x) \end{align}
となります。
$Spin(n)$ の構成
$Spin(n)$ の構成
以上で $Spin(n)$ を構成する準備が整いました。まずは
$$\rho (\Gamma_n) \subset O(n)$$
であることを示します。任意の $x \in \Gamma_n$ に対して、$N(x)N(x^{-1}) = 1$ であることに注意して
\begin{align} N(\rho(x)(v)) &= N(\alpha(x) v x^{-1}) \\ &= \alpha(x) v x^{-1} \overline{x^{-1}} \bar{v} \overline{\alpha(x)} \\ &= N(\alpha(x))N(v) N(x^{-1}) \\ &= N(v) N(x x^{-1})\\ &= N(v) \end{align}
となります。$N(v) = ||v||_{\mathbb{R}^n}^2$ であることから $\rho(x)$ は $\mathbb{R}^n$ の通常のノルムを保ちます。よって $\rho(x) \in O(n)$ となります。
$\Gamma_n$ の中で、$N(x) = 1$ を満たす集合を $Pin(n)$ と定めます。つまり
$$Pin(n) := \{x \in \Gamma_n \mid N(x) = 1\}$$
と定めます。これをピノル群といいます。$Pin(n)$ が群をなすことは明らかです。$Pin(n)$ の中で、$\rho(x)$ が $\mathbb{R}^n$ の向きを保つものを $Spin(n)$ と定めます。つまり
$$Spin(n) := \rho^{-1}(SO(n)) \cap Pin(n)$$
と定めます。これをスピノル群またはスピン群といいます。
ノルムを保つこと
$N(x) = 1$ という条件から、$x \ \cdot : C\ell_n \to C\ell_n$ はノルムを保ちます。実際、任意の $y \in C\ell_n$ に対して
\begin{align} N(x y) &= \langle xy \overline{xy} \rangle = \langle \overline{xy} xy \rangle \\ &= \langle \bar{y}\bar{x} xy \rangle = N(x)N(y) \\ &= N(y) \end{align}
となります。ここで一般に、$a, b \in C\ell_n$ に対して $\langle ab\rangle = \langle b a\rangle$ であることを用いました。右からの積 $\cdot \ x: C\ell_n \to C\ell_n$ も同様にノルムを保ちます。$x \in \Gamma_n$ ならば、逆にノルムを保てば $N(x) = 1$ が成り立つことが、上の計算からわかります。
まとめると $Spin(n)$ は $C\ell_n$ の積に関する部分群で
- $\Gamma_n$ に含まれ
- ノルムを保ち
- $\rho(x)$ が向きを保つ
ものとして定義されます。$SO(n)$ が $M_n(\mathbb{R})$ の中で可逆でノルムを保ち向きを保つものと定義されることと比較すると、「可逆である」という条件が「$\Gamma_n$ に含まる」に、「向きを保つ」という条件が「$\rho(x)$ が向きを保つ」に変わっています。
向きを保つことについて
ところで、「$\rho(x)$ が向きを保つ」という条件は、「$C\ell_n$ の向きを保つ」と同値ではないのでしょうか。これを考えてみましょう。$C\ell_2$ の向きを
$$\{1, e_1, e_2, e_1 e_2\}$$
で定めたとき、
\begin{align} \rho(e_1)e_1 &= e_1 e_1 \overline{e_1} = e_1 \\ \rho(e_1)e_2 &= e_1 e_2 \overline{e_1} = -e_2 \\ \end{align}
なので $\rho(e_1)$ は向きを保ちませんが $e_1 \ \cdot$ は
\begin{align} 1 &\mapsto e_1, \\ e_1 &\mapsto e_1 e_1 = -1, \\ e_2 &\mapsto e_1 e_2, \\ e_1 e_2 &\mapsto e_1e_1 e_2 = -e_2, \\ \end{align}
なので、(計算すると) 向きを保ちます。$\cdot \ e_1$ も同様です。よって「$\rho(x)$ が向きを保つ」という条件は、「$C\ell_n$ の向きを保つ」には置き換えられません。
$Spin(n)$ の元
$n \geq 2$ のとき
$$x_{ij}(t) = \cos t + \sin t \ e_i e_j \in C\ell_n$$
は $Spin(n)$ の元になります。実際、
\begin{align} N(x_{ij}(t)) &= x_{ij}(t) \overline{x_{ij}(t)} \\ &= (\cos t +\sin t\ e_i e_j)(\cos t +\sin t \ \overline{e_j} \ \overline{e_i})\\ &= (\cos t +\sin t\ e_i e_j)(\cos t -\sin t \ e_i e_j)\\ &= \cos^2 t +\sin^2 t \\ &= 1 \end{align}
であり、$e_l$ $(l \neq i, j)$ に対して
\begin{align} \rho(x_{ij}(t)) e_l &= (\cos t +\sin t \ e_i e_j) e_l (\cos t -\sin t \ e_i e_j) \\ &= (\cos^2 t +\sin^2 t)e_l + \cos t \sin t (e_i e_j e_l -e_l e_i e_j) \\ &= e_l, \end{align}
$e_i$ に対しては
\begin{align} \rho(x_{ij}(t)) e_i &= (\cos t +\sin t \ e_i e_j) e_i (\cos t -\sin t \ e_i e_j) \\ &= (\cos t \ e_i +\sin t \ e_j)(\cos t -\sin t \ e_i e_j) \\ &= (\cos^2t -\sin^2 t)e_i + 2\sin t \cos t \ e_j \\ &= (\cos 2t) e_i + (\sin 2t) e_j, \end{align}
$e_j$ に対しても同様に
$$\rho(x_{ij}(t)) e_j = -(\sin 2t) e_i + (\cos 2t) e_j$$
となり、$e_i e_j$ 平面の回転になるので、$\rho(x_{ij}(t)) \in SO(n)$ となります。したがって $x_{ij}(t) \in Spin(n)$ となります。
$\rho(x_{ij}(t))$ が $SO(n)$ を生成することは明らかで、次の記事で示す、$\rho$ が二重被覆であることを認めれば、$x_{ij}(t)$ が $Spin(n)$ を生成することがわかります。
まとめ
$Spin(n)$ を $C\ell_n$ における、$\Gamma_n$ に含まれ、ノルムを保ち、$\rho(x)$ が $\mathbb{R}^n$ の向きを保つものとして定義しました。冒頭にも述べましたが、クリフォード群 $\Gamma_n$ と、その定義に用いた $\rho$ の導入が唐突になってしまったのが残念です。「可逆かつノルムが $1$」のような性質でクリフォード群を特徴づけられればよかったのですが、難しかったので諦めました。
クリフォード群を用いた $Spin(n)$ の構成は、任意の体 $K$ 上のベクトル空間に対して行えるようです。詳しくは [Bo] を見てください。
次の記事
「$Spin(n)$ が $SO(n)$ の二重被覆であることの証明」
参考文献
[小林大島] 小林俊行, 大島利雄. リー群と表現論
[wiki] Wikipedia. クリフォード代数
[wiki2] Wikipedia. 中線定理
[Bo] Richard E. Borcherds. Clifford groups, Spin groups, and Pin groups
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