複素代数方程式の根の連続性の証明【ルーシェの定理の応用】

複素数係数の代数方程式の根が係数に関して連続であるか、気になったことはありませんか?あるいは、証明しようとして困ったことはありませんか?4次以下の方程式は、ガロア理論により四則演算と冪根を取る操作で根が表せられるので、根が連続であることが分かります。5次以上の場合は超越的な方法で解けるとはいえ、その詳細を知っている人は多くないと思います。実は、ルーシェの定理を用いて連続性を示すことができます。

まずはルーシェの定理の主張をおさらいしましょう。

定理. ルーシェの定理

$C$ を複素平面上の単純閉曲線とし、$D$ をその内部領域とする。また、$f(z), g(z)$ を $C$ と $D$ 上で正則な関数とする。このとき $C$ 上で $|f(z)| > |g(z)|$ ならば、$D$ 内部での $f(z)$ と $f(z) + g(z)$ の零点の個数は一致する。$\Box$

証明の前に、アイディアを簡単に述べましょう。$a = (a_0, a_1, \dots, a_{n-1}) \in \mathbb{C}^n$ に対し、

$$f(z) = z^n + a_{n-1} z^{n-1} + \cdots + a_0$$

の根の一つを $\alpha$ とします。取り敢えず、$\alpha$ の重複度は $1$ と仮定します。$\epsilon > 0$ を十分小さくとり、$\alpha$ を中心とする半径 $\epsilon$ の円板 $D^{\epsilon}_{\alpha}$ 内に $\alpha$ 以外の根を持たないようにします。連続性を示すには、ある $\delta > 0$ が存在して、多項式の係数 $a^{\prime}$ が $|a -a^{\prime}| < \delta$ ならば常に $D^{\epsilon}_{\alpha}$ 内に根が唯一つ存在することを示せば良いです。

$$ g(z) = (a^{\prime}_{n-1} -a_{n-1}) z^{n-1} + \cdots + a^{\prime}_0 -a_0 $$

とおき、$\partial D^{\epsilon}_{\alpha}$ 上で $|f(z)| > |g(z)|$ を満たすように $\delta$ を定めれば、ルーシェの定理よりそれが示されます。

それでは、証明をしましょう。


証明) まずは下準備として、根の空間と距離を定義します。$n$ 次方程式には $n$ 個の根が存在しますが、順番に依存しないので、$\mathbb{C}^n$ を置換群 $\mathfrak{S}_n$ の作用で割った空間 $S := \mathbb{C}^n / \mathfrak{S}_n$ を根の空間とします (作用は $\sigma(z) = (z_{\sigma(1)}, \dots, z_{\sigma(n)})$ で与えます)。次に、$S$ に距離を入れましょう。まず、$\mathbb{C}^n$ の距離を

$$d(z, z^{\prime}) := \max_{i = 1, \dots, n} |z_i -z^{\prime}_i|$$

とします。この距離が定める位相と通常の位相は同相です。そして、$S$ の距離を

$$ d_S(s, s^{\prime}) := \min_{\sigma \in \mathfrak{S}_n} d(z, \sigma(z^{\prime}))$$

(ただし $z, z^{\prime}$ は $s, s^{\prime}$ の代表元) と定めます。これが実際に距離であることを示しましょう。

三角不等式以外は自明なので、三角不等式のみ示します。$s, s^{\prime}, s^{\prime\prime} \in S$ の代表元をそれぞれ $z, z^{\prime}, z^{\prime\prime}$ とします。$\sigma \in \mathfrak{S}_n$ を $d(z, \sigma(z^{\prime}))$ を最小にするもの、$\rho \in \mathfrak{S}_n$ を $d(z^{\prime}, \rho(z^{\prime\prime}))$ を最小とするものとします。このとき、

\begin{align} d_S(s, s^{\prime}) + d_S(s^{\prime}, s^{\prime\prime}) & = d(z, \sigma(z^{\prime})) + d(\sigma(z^{\prime}), \rho \sigma(z^{\prime\prime})) \\ & \geq d(z, \rho \sigma(z^{\prime\prime})) \\ & \geq d_S(s, s^{\prime\prime}) \end{align}

となり、三角不等式が成り立ちます。

下準備が完了したので、本題に移りましょう。$a = (a_0, a_1, \dots, a_{n-1}) \in \mathbb{C}^n$ に対し、$n$次方程式

$$f(z) = z^n + a_{n-1} z^{n-1} + \cdots + a_0$$

の根 $\alpha \in S$ を対応させる写像を $\tau$ とします。$\tau$ の $a$ での連続性を示すには、任意の $\epsilon > 0$ に対してある $\delta > 0$ が存在して、$d(a, a^{\prime}) < \delta$ を満たすならば常に $d_S(\alpha, \tau(a^{\prime})) < \epsilon$ を満たすことを示せば良いです。$\epsilon$ は十分小さいものだけ考えれば良いので、各根を中心とした半径 $\epsilon$ の円板が互いに交わらないようなものだけを考えます。 (それを $D^{\epsilon}_{\alpha} \subset \mathbb{C}^2$ とします。$\alpha^{\prime} \in D^{\epsilon}_{\alpha} \Leftrightarrow d_S(\alpha, \alpha^{\prime}) < \epsilon$です。) ルーシェの定理より、$\partial D^{\epsilon}_{\alpha}$ 上で $|f(z)| > |g(z)|$ を満たす $g(z)$ に対しては、$f(z) + g(z)$ の根を $\alpha^{\prime}$ とすれば、$d_S(\alpha, \alpha^{\prime}) < \epsilon$ を満たすことが分かります。そこで、$\delta > 0$ をうまくとれば、$d(a, a^{\prime})$ を満たす $a^{\prime}$ を係数とする $n$ 次方程式 $f^{\prime}(z)$ との差 $f(z) -f^{\prime}(z)$ が上記 $g(z)$ の条件を満たすことを示します。まず、

\begin{align} \mu & := \max\{1, \max_{z \in \partial D^{\epsilon}_{\alpha}} |z|\} \\ \nu & := \min_{z \in \partial D^{\epsilon}_{\alpha}} |f(z)| \end{align}

とおき、

$$\delta < \frac{\nu}{n{\mu}^{n-1}}$$

を満たす $\delta$ をとります。このとき、$\partial D^{\epsilon}_{\alpha}$ 上で

\begin{align} |f(z) -f^{\prime}(z)| & = |\sum_{i=0}^{n-1} (a_i -a^{\prime}_i) z^i| \leq \sum_{i=0}^{n-1} |a_i -a^{\prime}_i| |z|^i \\ & \leq \sum_{i=0}^{n-1} \delta |z|^i = \delta \sum_{i=0}^{n-1} |z|^i \\ & \leq n \delta {\mu}^{n-1} < \nu \end{align}

が成り立ちますので、$\partial D^{\epsilon}_{\alpha}$ 上で常に $|f(z)| > |f(z) -f^{\prime}(z)|$ が成り立ちます。従って、$f^{\prime}(z)$ の根を $\alpha^{\prime}$ とすれば、ルーシェの定理より $d_S(\alpha, \alpha^{\prime}) < \epsilon$ となり、$\tau$ の $a$ での連続性が示されました。任意の $a \in \mathbb{C}^n$ に対して同様の議論をすることで、$\tau$ の $\mathbb{C}^n$ 上での連続性が示されます。

以上で証明を終わります。

解の連続性は恐らく純粋に位相的な性質によるもので、連続関数の空間に適当な位相を入れて、その零点の連続性を示すという方針でもいける気がします。一方、ルーシェの定理はコーシーの積分定理を基とする定理ですので、本質的に正則性に依存しています。使った定理がオーバースペック気味なであることは否めませんが、ルーシェの定理の応用としてはあまり見かけないので証明してみました。


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